がきの頃からのビジョン“泉佐野市中庄のだんじり” |
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がきの頃からのビジョン 小学校の低学年だった頃、そう、モーターリゼイション到来以前、秋祭りの宮入後に、 泉佐野駅までだんじりを曳いて行き、駅前にだんじりを置いて休憩し、大人達は、 それぞれ映画館や飲み屋等のアミューズメントに向かい、秋祭りは、泉佐野駅前で 事実上終わり、子供達は、自宅までてくてくと歩いて帰りました。 翌朝、祭礼責任者が、牛にだんじりを曳かせ、だんじり小屋まで持って帰るのが お約束でした。まことに、交通規制なしでいけいけどんどんであり、 やりぱなしの長閑な秋祭りでした。 がきの頃に秋祭りで泉佐野駅前への曳行という思い出を持った、少年はやがて成人し、 町代表の祭礼委員とし、祭礼委員会に参画、各町の代表が集う祭礼委員会が開かれ、 円卓会議の席上で幼い頃から暖めていた、泉佐野駅前への連合曳と云う、 ビジョンを掲げ、実現に至る手順と道筋を、祭礼委員会の場で熱く語り、 出席者から、やんややんやの喝采と拍手で趣旨への賛同を頂き、 駅前パレードへの計画は動き出しました。 中庄代表の祭礼委員が、泉佐野駅前パレードという、がきの頃からひそかに 暖めていたビジョンを、6町祭礼委員会の場で承認を頂き、ビジョンから 目標を掲げ、実現へ向けて動き出した瞬間でした。 |
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